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岡山地方裁判所 昭和33年(ワ)512号 判決 1960年3月31日

原告 光田寛 外三名

被告 光田清司

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、

被告は原告等に対し別紙目録記載の土地を引渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求め、

請求の原因として、

一、原告寛は光田岩次郎(昭和二五年一二月一六日死亡)の四男原告博道、早苗、納穂子はいずれも岩次郎の三男光田博(昭和二一年一一月一七日死亡)の子である。光田良太郎(文久二年六月一五日生)と光田ちよ(明治八年五月二七日生)とは明治二八年九月四日入籍の夫婦であるが、ちよは昭和二五年六月二五日、良太郎は翌二六年五月一日死亡した。被告(大正一一年一〇月二五日生)と光田みや子(明治四〇年三月二〇日生)とは昭和二四年一〇月四日婚姻したものであるが、同女は昭和二九年三月一六日死亡した。

二、別紙目録第一記載の土地は良太郎と訴外南甚左ヱ門との持分の均しい共有であり、同第二記載の土地は良太郎単独所有であり、同第三記載の土地は良太郎とちよとの持分の均しい共有である。

三、良太郎及び被告、その妻みや子は昭和二四年一〇月三一日本件養子縁組届出をしたものであるが、その後良太郎ちよ夫婦及び被告、みや子夫婦は正式の養親子の如く同居し、ちよ、良太郎、みや子死亡後は被告において別紙目録記載の本件土地を相続したもののように占有している。

四、しかし、本件養子縁組届出当時良太郎には妻ちよがあつたから、養父として良太郎のみ単独でした本件養子縁組届出は無効である。

五、しかして、良太にはその死亡当時直系卑属も直系尊属もなかつたので、妹片山作、同竹中比奈、弟亡岩次郎の直系卑属である原告等、弟光田伊三郎がその遺産相続をした。

六、従つて、良太郎の遺産である本件土地も原告等が相続分に応じ共有権を有するところ、被告は前記のように何等の権原もなく該土地を占有し、原告等の共有権を妨害しているので、その排除を求めるため本訴に及ぶ。

旨陳述し、

立証として、甲第一ないし第一九号証を提出し、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は、

主文同旨の判決を求め、

答弁並びに抗弁として、

一、原告主張の請求原因中第一ないし第三の事実を認め、その余を争う。

二、本件養子縁組届出は養母たるべきちよの届出を逸失した届出のいわゆる違法受理であるが、かかる届出も一たん受理された以上これにより良太郎と被告、みや子夫婦との養子縁組が有効に成立したものとなすべきで、該届出は当然無効ではない。

三、仮りに然らずとするも、良太郎はもとより被告、みや子夫婦には良太郎と右被告夫婦との間の縁組意思があり、且つこの意思は良太郎の死亡まで持続し、更に被告、みや子夫婦は良太郎存命中同人等と同居し至極平穏円満な家庭生活をしていたものであるから、本件養子縁組届出は、ちよ死亡後の良太郎と被告、みや子夫婦との間の養子縁組届出として有効のものと解すべきである。

四、仮りに又右二、三が理由がないとするも、良太郎は本件土地を被告、みや子夫婦に遺贈したものである。けだし、他に直系卑属のなかつた良太郎は本件養子縁組届出以後死亡するに至るまで右被告夫婦と事実上の養親子として同居し、被告等の助けを得て家政一切の維持ができ、没後その家産はあげて被告等に承継せしめることにしていたもので、良太郎の被告等に対する本件土地遺贈の意思は明瞭であつた。

旨陳述し、

立証として、乙第一号証の一ないし四、第二号証を提出し、証人光田伊三郎、光田伝三郎、佐藤兵一、矢延友高、被告本人の各尋問を求め、甲号各証の成立を認めた。

理由

原告主張の請求原因第一ないし第三の事実は当事者間に争いがない。

そこで本件養子縁組届出の効力について判断するに、まず本件養子縁組届出はいわゆる違法受理されたものであるが、一たん受理された以上該届出により良太郎と被告、みや子夫婦との養子縁組が有効に成立したものとなすべき旨の被告の主張は、民法第七九五条第七九六条が配偶者ある者の養子縁組を必要的共同縁組としなければならないとする規定の存在理由には疑問がもたれ、かかる規定はむしろ廃止すべきであるとの意見が支配的であることは周知であるが、さればといつて現行法上本件の場合のように配偶者ある養親たるべき者の一方のみの養子縁組届出でもこれが受理された以上、前記民法の規定にかかわらず有効な縁組届出となすべきであるとの主張は根拠にとぼしく到底採用するを得ない。

よつて次に本件養子縁組届出を以てちよ死亡後の良太郎と被告みや子夫婦との間の養子縁組届出として有効のものと解すべきであるとの被告の主張について検討するに、成立に争いのない甲第一ないし第一九号証、乙第一号証の一ないし四、第二号証、証人光田伊三郎、光田伝三郎、佐藤兵一、矢延友高の各証言、被告本人尋問の結果を総合すると、亡良太郎はいわゆる光田本家の家督相続人であつたが、妻ちよとの間に実子がなかつたので、良太郎ちよ夫婦は昭和三年一二月二八日良太郎の弟岩次郎の二男工と養子縁組し、昭和八年五月三日みや子は同人と婚姻しその妻となつたこと、ところが工が昭和二〇年三月八日戦死したため、被告が昭和二四年一〇月四日、当時みや子は満四二年、被告は満二四年で夫婦として年令差が大き過ぎるが、みや子とともに良太郎ちよ夫婦の後継者となるべくみや子と婚姻した上、同月三一日本件養子縁組届出がなされたこと、その後良太郎、ちよ夫婦、被告、みや子夫婦は本件養子縁組届出の瑕疵に全然気付かず、たがいに真実正式の養親子となつたものと確信しながら良太郎の家に入居同棲し、右被告夫婦はすでに老令であつた良太郎夫婦を扶けて家業の農に専念し、家政一切を預つてこれをきりまわし、平穏円満な家庭生活をいとなんでいたこと、ちよは昭和二五年六月二五日、良太郎は翌二六年五月一日、みや子は同二九年三月一六日あい次いで死亡したのであるが、被告は爾来旧良太郎の家にあつてその遺族として右の者等の追善供養その他良太郎、ちよ夫婦の養子としてのつとめに間然するところがなく、かつ昭和二九年一一月二四日みや子の後妻として良太郎の弟光田伊三郎の三女茂子と婚姻し、すでに一男児を挙げて良太郎の後継者としての生活にはげんでおること、本件養子縁組届出の瑕疵はみや子死亡後家庭裁判所にその遺産分割の申立をする際関係者の間においてはじめて発見されたもので、それまでは本件養子縁組届出を受理した赤磐郡竹枝村長矢延友高その他戸籍吏は勿論、同届出の保証人となつた良太郎の弟である前顕岩次郎、伊三郎等何人もこれに気付かなかつたこと、本件養子縁組届出は所定の受理手続を経てそのまま所轄岡山地方法務局に保管されていることが認め得られ、他にこの認定を左右するに足る反証がない。そもそも養子縁組は当事者の縁組意思の存在とこれに沿う縁組届出を基本的成立要件とし、そのいずれの欠缺も縁組の無効を来すものであつて、以上の認定事実からみると、良太郎と被告、みや子夫婦との間の縁組意思が本件養子縁組届出のなされた当時からちよ死亡まで持続していたことは明白であり、また仮りにちよ死亡後、良太郎、被告、みや子において本件養子縁組届出にちよ生前の養子縁組届出として如上の瑕疵あることを発見していたならば、良太郎、被告、みや子が更めて本件養子縁組届と同様の届出をしたであろうことは十分推測できるところであつて、これに前示のように被告を除くその余の縁組当事者が死亡した今日においては、前記認定のような被告がみや子と婚姻し良太郎等と同居するようになつてから今日に至るまでの既成の家庭生活事実と、現に本件養子縁組届出が所定の受理手続を経てそのまま所轄法務局に保管されている点等を考えあわすと、本件養子縁組届出はこれをちよ死亡後の養父良太郎と養子被告、みや子夫婦の養子縁組届出に転換し、ちよ死亡の日に該養子縁組が有効に成立したものとするを相当とする。

果して然らば、本件養子縁組届出の無効を前提とする原告等の本件土地共有権に基く本訴請求は、爾余の判断をまつまでもなく失当であること明白であるから、これを棄却するものとする。よつて、民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 池田章)

(別紙)

目録

第一、

御津郡建部町大字大田字鎌谷一、八八九

一、田 六畝一四歩

同所 一、八九〇

一、田 二反三畝歩

第二、

御津郡建部町大字大田字鎌谷一、九五八

一、田 五畝九歩

同所 二、二四四

一、田 四畝八歩

同所 二、三四三

一、田 一三歩

同所 二、二一三

一、田 一畝二四歩

同所 二、二一七

一、田 一畝二四歩

同所 一、九七三

一、田 五畝二六歩

同所 一、九六六

一、田 四畝七歩

同所 一、九六四

一、田 三畝二歩

同所 一、九六一

一、田 二畝三歩

同所 一、九五

一、田 三畝一一歩

同所 一、九四五

一、田 二畝四歩

同所 一、九四四

一、田 二畝四歩

同所 一、八四六

一、田 二畝一八歩

御津郡建部町大字大田字河原二、三九九

一、田 四畝二五歩

同所 二、三五六

一、田 三畝一六歩

同所 二、三二八の一

一、田 三畝七歩

同所 二、三二七の一

一、田 三畝七歩

同所 二、二三二

一、田 二畝一七歩

同所 二、二三一

一、田 二畝一六歩

同所 二、二二九

一、田 三畝六歩

御津郡建部町大字大田字寒砂二、七一六

一、田 八畝二二歩

同所 字鎌谷二、二四五

一、畑(現況田)二六歩

同所 二、一九三

一、畑 二畝二一歩

同所 二、一七八

一、畑 八歩(現況原野)

同所 字河原二、三八七

一、畑 三畝八歩

同所 二、二〇六

一、畑 二九歩(現況竹藪)

同所 二、七九一

一、畑 五畝二七歩

同所 字寒砂二、七二九

一、畑 二一歩(現況原野)

同所 字吹込谷二、七六四

一、畑 一畝二二歩(現況竹藪)

同所 一、三〇一

一、山林 一畝六歩

同所 字鎌谷一、八四八

一、山林 一畝歩

同所 一、九二六

一、山林 三畝一四歩

同所 一、九二四

一、山林 二四歩

御津郡建部町大字大田字鎌谷一、九二二

一、山林 五畝六歩

同所 一、九二一

一、山林 七畝一五歩

同所 二、〇〇〇

一、山林 一畝八歩

同所 二、〇六九

一、山林 六歩

同所 二、〇九六

一、山林 一〇歩

同所 二、一六一

一、山林 二五歩

同所 二、一六二

一、山林 二反一畝一歩

同所 二、一六三

一、山林 二畝歩

同所 字河原二、二〇三

一、山林 一〇歩

同所 二、四〇〇

一、山林 一畝七歩

同所 二、一七一

一、山林 一畝歩

同所 二、一七四

一、山林 三畝一〇歩

同所 字上山二、四〇九

一、山林 一反五畝二五歩

御津郡建部町大字大田字寒砂二、五五八

一、山林 一畝歩

同所 字河原二、七三一

一、山林 四畝一一歩

同所 字吹込谷二、七五三

一、山林 七反二畝二八歩

同所 二、七五四の一

一、山林 一反五畝一〇歩

同所 二、七五四の二

一、山林 二〇歩

同所 二、七六〇

一、山林 一畝一〇歩

同所 二、七六三

一、山林 二畝二歩

同所 二、七七一

一、山林 二反七畝一〇歩

同所 一、二一六

一、山林 二六歩

同所 字河原二、七九二

一、山林 一畝六歩

同所 二、七九三

一、山林 一畝六歩

同所 字鎌谷二、二四六

一、宅地(現況畑)一〇九坪

同所 一、八四六の一

一、原野 一畝七歩

御津郡建部町大字大田字寒砂二、五五七

一、宅地(現況畑)一二四坪

第三、

御津郡建部町大字大田字鎌谷二、二五一

一、田 二畝二〇歩

同所 二、二五〇

一、田 四畝六歩

同所 二、二四九

一、田 五畝一五歩

同所 二、二五三

一、田 七畝七歩

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